今年も花園ラグビ−場の、高校全国大会3回戦と、ウィ−ンフィル ニュ−イヤ−コンサ−トのラデツキ−行進曲で、一年が始まりました。
同志社大学ラグビ−部のコ−チをされ、長年に亘って、関西ドクタ−ズ ラグビ−クラブを通じて私と親交のあった、ニュ−ジ−ランド クライストチャ−チ のカンタベリ−大学 、ディック ホクリ−さんがお亡くなりになったと言う悲しいニュ−スが、新年早々もたらされました。誠実な人柄と、温かく私の娘たちの事もいつも気に掛けて頂いておりました。娘達にとって、ニュ−ジ−ランド人のおじいちゃん、と言った存在の人でした。残念です。この場を借りて、心からお悔やみ申し上げます。
さて昨年末より読み始めていた、この本から2009年の読書ノ−トが始まります。
(1)再起 ディック・フランシス ハヤカワ文庫 |
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6年のブランクを経ての最新作です。どこか体調を壊されたのではないか、と心配していましたが、今回もスリリングな展開で、面白い内容でした。「競馬シリ−ズ」ファンとしては、一安心と言った所でしょう。この6年の間に、ディック フランシスは奥さんを亡くされたそうです。またディック フランシスといえば、訳者は菊池光さんという名コンビだったのですが、その菊池さんもお亡くなりになってしまっていました。なんと言う変化でしょう。ただ読んでみた感じでは、新しい訳者の北野寿美枝さんの訳が全然と言っていいほど違和感が無く、切れの良いなじみのある文章でした。これも一安心と言った所でしょう。
物語は、競馬の八百長レ−ス、インタ−ネットギャンブル、それに纏わると考えられる殺人事件が複雑に絡み合います。主人公はレ−ス中の事故で左手を失い、今は調査員の仕事をしているシッド・ハレ−です。彼はこれまでも何回かこのシリ−ズに登場しています。生活環境も大きく変わり、再婚を考える人が出てくるようになり、これからの物語がより充実した物になっていくように思います。2008年12月には、ハヤカワノベルズで新作がまた出るようです。期待しましょう。 |
(2)凛とした人、卑しい人 山崎武也 講談社+α新書 |
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最近の日本人の卑しさに対して警鐘を鳴らし、これからどの様に生きていくべきかを述べています。読んでみて何一つ目新しい物は無く、私が祖父や祖母、両親に教えられて来た事を復習したような物です。
このような事を書いて著さなければならなくなったほど、日本は落ちぶれたのでしょうか。どの家庭でもこのような事は、子供達に親が教え込んで当たり前なのでは、と思ってしまいます。貧しくても誇りを持って生きていた私達の子供のころと、大きく変わってきたように思います。
ここで気をつけないと、戦前の教育が良かったと言い出す人がまた出て来るかも知れません。要注意です。 |
(3)生物と無生物のあいだ 福岡伸一 講談社現代新書 |
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昨年12月の読書ノ−トでお薦めした「できそこないの男たち」の筆者、福岡伸一さんの本です。この本も実に面白い本でした。単なる学術書ではなく、筆者のアメリカ留学時代のエピソ−ドを紹介しながら、分子生物学の世界へ私達を導いてくれます。私が大学に入った約35年前、これからは分子生物学の時代だと教えられました。その頃に私がちょっと齧った事の最新の知識、またそれが導き出されるまでの研究者の苦労、葛藤、それらが実に面白く紹介されています。
福岡さんの本を読むたびに、教養から基礎に亘って勉強した大学時代の、自分が思い出されます。その頃にこの本に巡り合っていたなら、(勿論ありえないことですが)生化学や、生理学をもっと一生懸命勉強していただろうと思ってしまいます。
疾病の治療と言うのはそれはとても大事な事ですが、このような学問の基礎を探求する事はより大事な事です。このような分野こそ医学の源流だと思います。
生命とは何か、それを調節し生命を意義付けているのは何か、その様な哲学的な命題がこの本で解き明かされていきます。
この本もお薦めの一冊です。
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(4)正倉院 杉本一樹 中公新書 |
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毎年秋に開かれる正倉院展、これはとても楽しみです。1200年前のものがその年月を感じさせず、私達の目の前に現れてきます。教科書でお目にかかった物や本で見たことがあるその実物が、目の前にあるのです。こんな素晴らしい事はありません。奈良の近所に住んでいる私達にとって、あの期間中に何回も、またふと気が向いたときに行けるというのはなんとありがたいことでしょう。
帰りに、菊水楼、またはレストラン菊水で食事をし、三条通をぶらぶらと奈良駅まで歩く心の満ち足りた気分、贅沢だと思います。近畿に生まれて本当に良かったと思える時です。
法隆寺出身の家内は、中学校、高等学校は奈良公園の東側の東記寺町、大学は北側の北魚屋東町で過ごしていますので、古里に帰ったような気分のようです。
エジプトのピラミッドや、世界の王様の墓にある副葬品は、その人の死後の世界で役立てる為に埋葬され、それがたまたま発見されたりします。ところが正倉院は、聖武天皇の縁の品を後世に伝えるという目的で作られ、多少の紆余曲折があったにせよ1200年の間維持されてきました。その結果先ほど述べたように、私達に天平の素晴らしさを伝えてくれています。
筆者は正倉院事務所長として活躍されていますが、25年間正倉院と共に過ごされています。これからもこの人類共通の財産が、この方達の努力によって、末永く伝えられてほしいと思います。 |
(5)猿蟹合戦とは何か 清水義範 ちくま文庫 |
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色々な作者の文体を模倣して小説などを書くことを、パスティーシュと言うのだそうです。
筆者の清水義範さんは、あとがきで息抜きに書いたところ好評だった、と書いておられますが、実際面白いものでした。司馬遼太郎さんや丸谷才一さんが「猿蟹合戦」を書いたらこのようなものになったろうとか、日本国憲法前文を長嶋茂雄や、東海林さだおが解説したらとか、結構楽しめました。
知っている、またはお気に入りの作家なら良く分かり面白いのですが、知らない作家の模倣はどの様に面白いのかが良くわからない物がありました。勉強不足を恥じるしだいです。椎名誠、野坂昭如はおもしろかったなー。 |
(6)スカーレット ピンパーネル バロネス オルツィ 集英社文庫 |
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小学校の頃図書室に「少年少女世界文学全集」というのがあり、その中に「紅はこべ」という本がありました。生意気な小学生だった私は、「少年少女」と言う題名の本を読むことが嫌いで、この本を読むことはありませんでした。しかし何十年も経ち、娘からこの本を渡され、読んでみることになりました。
フランス革命の頃、ギロチンにかけられ民衆の狂気の中で、多くの貴族が処刑されていきました。この物語は彼らを救おうと戦った、イギリスの貴族の物語です。彼の美しい奥方はフランス人で、革命に加担した事もあるという過去を持っています。彼らの愛憎劇がこの物語の主軸です。
皆さんご存知のように、この話は昨年宝塚星組が本邦初演した作品(「スカ ピン」です)の、原作です。ブロードウェイで大ヒットしたミュージカルを基にしたこの劇は、動きや場面の転換も面白いものでした。読売新聞が行った昨年の舞台芸術の賞も取っています。
この本を読んで感じたのは、脚本家の仕事の面白さです。本と舞台とは少しずつ内容が異なっています。それはどの様にすればより話が盛り上がり、感動深いものになるかという考えの結果でしょう。脚本家の仕事の大変さ、楽しさの一端が分かったような気がしました。
しかし、一度舞台を見てからこの本を読んでしまったもので、会話の場面では安蘭けいさんや、遠野あすかさんの声で登場人物が話をしているように、思ってしまいました。この二人をはじめ何人かのトップやそれに近い方が宝塚を辞められます。残念な事です。(本題から外れましたが) |
(7)ローマから日本が見える 塩野七生 集英社文庫 |
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「ローマ人の物語」の塩野七生さんが古代ローマを参考に、現代の日本を考察しておられます。ローマは色々な問題に直面しながらも、何百年もの間国家を維持し続けます。その秘密は何か、に迫ります。筆者はその大きな理由に、ローマ人たちのリストラクチャー能力の高さを挙げます。法律や社会制度などが時代にそぐわなくなってくれば、「小異を捨てて大同につく」といった考えで大胆に変革していく、またその姿勢の後ろには原因を探る真摯な態度がある、その様に筆者は考えます。これを現代日本に当てはめてみると、官僚の作る法律や政令は、無謬であるという前提で政治が行われています。しかしその法律が作られた根本精神に間違いは無かったにせよ、時代に合わなければ、それは悪法です。
昨今の特別給付金の騒ぎを見ても、お分かりでしょう。その誤りを正すことは何も官僚、創価学会の面子を潰す事ではありません。その誤りを正すことこそ納税者である国民の支持を得る、最も良い方法だとは考えないのでしょうか。このままでは、国民と政治の乖離が進んでいくだけです。
やはりこれは、国民性の違いもあるのかもしれません。 |
(8)勝利 ディック フランシス 早川書房 |
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競馬シリーズ第39作のお話です。主人公はガラス工芸作家で、彼の友人が障害物レースで落馬し、死亡する事から話が始まります。その友人が、主人公に渡そうとしていたヴィデオテープ、それをめぐって様々な人の思惑が交錯します。どこまで紹介したらよいのか分かりませんが、最後までそのテープの行方が判らず、読んでいてもはらはらドキドキしてしまいます。
以前にも書きましたが、ディック フランシスと言えば訳は菊池光、というコンビだったのですが、その菊池さんの最後の訳になってしまった、貴重な一作です。ただ以前の展開の面白さや、切れの良さが薄れてきているように感じてしまいます。如何でしょうか。 |
(9)書斎の競馬学 山本一生 平凡社新書 |
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筆者は東京大学を卒業した後、石油精製会社に勤務したという経歴を持っています。その間、競馬の歴史などを研究し、競馬史研究家とも紹介されています。所謂エッセイで、競馬と関連した筆者の人生の一こまを紹介した物や、ディック フランシスについて書いた物もあります。
ディック フランシスの関係でこの本を読み始めたという次第ですが、なかなか興味深い指摘があります。前回の「勝利」で私が感じた事の、裏づけがあるようにも思います。言ってしまいたいし、言うべきでないし、ジレンマですがご一読下さい。 |
白 江 医 院 白江 淳郎
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